2006年05月26日
text by ライター雨宮まみ
「「見ているだけで、幸せなんだ」」
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「エロ本はもう終わる。完全になくなりはしなくても、あと数年以
内に潰滅的なほどに部数が減って、仕事はなくなる」。そう言われ
始めたのは昨年あたりからだったか。先輩のライターとそのことに
ついて、絶望的すぎて議論にならない話し合いを三時間やった翌々
日、人生で二度目の血尿が出た。
ライターになりたての頃は、文章がうまくなることだけ考えてい
た。うまくなれば仕事がある。うまくなれば明るい未来がある。そ
う思えた。そこから三年経ち、四年経ち、自分の何倍も上手いライ
ターがどんどん食えなくなっていく現実があった。昔は「ライター
になるなら、自分にしか書けない得意な分野を持て」と、よく言わ
れたものだったが、誰も追い付けないような得意分野をもっている
人でさえそれに関する仕事は少なく、有名な人であればあるほど名
前が邪魔になり、無名でなんでも書ける器用なライターの方がずっ
と稼げるという、そういう実状が見えてきた。
この世界では、有名になればなるほど、実は稼げなくなる。名前
を出して原稿を書いているより、無記名の原稿をつぎつぎと受けた
ほうがずっとお金になるからだ。もっともっと有名になれば? 単
行本が出るほど有名になったとしても、今は家が達つほどの印税な
んか、とてもじゃないけど見込めない。そこそこ売れたとしても、
たったのひと月、ふた月、やりすごすことのできる金額にしかなら
ないだろう。雑誌は売れない。でも単行本も売れない。
私は、文章を書くことが好きだから、文章がうまくなれば、いつ
か、思いきり好きなことが書けるようになるだろうということが希
望だった。そうなれば全てがうまくいくと思っていた。うまくなっ
てもどうしようもない、という未来なんて、想像もしていなかった
のだ。
個性なんか、いらない。「書きたいこと」なんか、いらない。そ
んなもの、必要とされたことはこの仕事を5年やって、ほんの数回
だ。ふと、自分の顔が歪んで見える。誰からも必要とされていない
ものを意固地になって一生懸命作ろうとしている、ぶざまな顔が見
える。いらないごみのようなものを、一人で大事に抱え込んでいる
間抜けな後ろ姿が見える。絶望の材料は今までだって十分あったの
に、生きているのがおもしろくてそのことに全然気づかなかった。
「豊田道倫の歌は、貧乏臭いからきらいだ」。そう言われたこと
があった。いいたいことはわかるようで、実は全然わからない。貧
乏なことと、貧乏臭いことはちがうからだ。私は豊田さんのことを、
貧乏臭いと思ったことがない。豊田さんの肉体は、セクシーだ。半
袖を着ると意外に腕が太くて、肩の線がやさしく柔らかい。豊田さ
んはときどき気分で、歌うときにスーツを着る。あたらしいスニー
カーを履く。たぶんにせものの、シャネルのサングラスをかける。
その日の気分をよそおう。贅沢なことだ。豊田さんほど、自由によ
そおうことのできる人を、私はほかに知らない。
「豊田道倫 映像集2」には、2000年から2005年にかけてカン
パニー松尾が撮影した、豊田さんのライブの映像が収められている。
豊田さんが歌うと「仕事」という言葉が違って聞こえる、宇多田ヒ
カルの「traveling」。川本真琴が、聴いているだけで恥ずかしく
なるほどあまく、小さなかわいいいきもののふるえるようなあの感
じの声で歌う「友達のように」。上品なルックスに鈴をころがすよ
うな声で「『一回だけ寝たあの子』というフレーズがありますが、
一回だけ寝たあの子、っていうのは、どのくらいいるんですか?」
とものすごい質問を投げる大宮杜喜子アナウンサーのトークが入っ
たラジオたんぱでのライブ(大宮アナのトークは「実況の夜」とい
うCDでも聴けます)。「ルイ・ヴィトン」「アルバ」といった、
タイトルだけでもうしびれかけてしまう曲。そういうものが、日本
のどこかで奏でられた瞬間の映像が入っている。
途中で「音楽もセックスも日常にあるものだという点では同じだ」
から、「だから僕は豊田くんをハメ撮りする」というテロップが入
る。本当に、この映像はAVみたいだ。なまなましくて、猥褻で。
ライナーノーツに「僕は豊田君の音楽と向き合うとき、いつもひと
りだ」と書いてあるが、私は、カンパニー松尾のAVも、夜中にひ
とりで観るものだと思う。劇場公開されないことを誇るべき種類の、
たったひとりで観るべき映像だと思う。実際私はそのようにしてカ
ンパニー松尾のAVを観てきたし、この「映像集」も、そうして観
た。
豊田道倫を見つめる、カンパニー松尾の映像は、それを「見て」
いることが幸せでたまらないという感情でにじんでいる。フジテレ
ビの歌番組の収録中にカメラを回し、モニターに映っている映像ま
で残らずきれいに舐めるように撮り、たまにふっと、その空間を味
わうように観客や、周りにあるいろんなものをちらりと見て、また
歌う豊田さんの顔を見る。名古屋に、京都に、大阪に、豊田道倫を
追いかけていくカンパニー松尾の映像には、東京から遠い場所で豊
田さんの歌が聴ける、その旅のときめきがにじむようだ。雨に都会
の薄っぺらなネオンがにじむように、カンパニー松尾の映像には、
豊田道倫の歌を聴くときの、からだから感情がじわっと染み出るあ
の感じが、ふんだんに湿り気を含んだままに映りこんでいる。
天才である豊田道倫も、同じく天才であるカンパニー松尾も、こ
こ数年、いやもっとずっと、そんな、才能に見合うほどのいい目に
なんて遭っちゃいない。音楽業界の現状がどうだか知らないが、A
Vの世界も楽じゃない。どんなものでも作っていい自由な世界は商
業主義の業界から締め出され、孤立どころか絶滅寸前だ。この先、
楽しい見通しなんて、まるでない。じゃあ、何かを作ることを、や
めるのか。やりたいことをやることは「何にもならない」ことなの
か。
たとえそうだとしても、私は全力を振り絞る豊田道倫を、滴る才
能を一滴残らず絞り切るカンパニー松尾を、見たい。
希望なんかなくたって生きていける。輝きを見ているだけで、幸
せなんだ。こういう瞬間が、あれば。光さえ、あれば。それだけで
生きる疲れなんか一瞬で忘れ去ることができる。恋人にさえ、家族
にさえ、打ち明けられないほどの絶望を抱え込む夜の暗さを、この
映像はあたたかく溶かす。ああ、もう、このままおしっこが真っ赤
になって死ぬぐらいなら、好きなことだけやって死んでやる。金に
なんなかろうが、知るか。暗い未来の話はやめて、ほんの少しの圧
倒的な現在を、見よう。2006年5月。たとえ明日が寒い雨の日でも、
明日は、買ったばかりの真っ白なタンクトップを着よう。好きな場
所へ行こう。42階の紅茶の店へ、代官山の下着の店へ、ハイアット
のプールへ、新宿の、小さなライブハウスへ。そうやって、この退
屈な世界から逃げ出そう。

雨宮まみさんのHP 「No! No! No!」 より転載
雨宮まみさんのHP [No! No! No!」
http://www.fastwave.gr.jp/diarysrv/addict/
